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    東日本大地震

    • 2011.03.12 Saturday
    • 21:12
     3月11日(金)急に揺れが始まる。だんだん激しくなる。隣の席の先輩が電話で普通を装って話しているが、揺れはだんだん激しくなる。そして先輩はついに電話の相手に「揺れすごいから一旦電話切りましょうか?」といってやっと電話が終わる。私の地震体験はこんな始まり方だった。

    私は本能で危険を感じ机の下に潜り込む。でも社内の片隅には段ボールが山積みになっていて、それが倒れてきたら一貫の終わりだと思った。

    揺れは長く5分ぐらい続いたように思える。ようやく地震がおさまって机の下からはい出てみると、部屋中がめちゃくちゃ荒れていた。大げさにいえば足の踏み場もなかった。

    誰かが「一旦外に出よう」といった。
    その声に反応し、皆外に脱出することになった。

    11階から階段で下に降りる。外に出ると他の階の会社の人たちもたくさん外に出ていた。
    他のビルの人たちも道路にはみ出して避難している光景。自分たちだけじゃないと思うと余計に危機感を感じた。その時点で、すでに携帯の通話が使えない状態。

    こういうことが起きるなんて誰が予想できただろうか!?きっと誰もが予測していなかっただろう。
    上司が「とりあえずここから離れよう」といった。ちなみにこの日は重役の人たちがみんな不在。指揮をとる人間もいない。唯一取れるとしたら直属の上司だが彼はまだ若い。だから社に属している全員にまで目が届かなかったのかもしれない。何人かで近くの大学に一旦避難することになった。
    30分ぐらいそこの大学に待機していた気がする。

    そこから各自解散になった。
    個人的には会社に一旦戻ろうかと考えていたが、帰れるなら帰ろうかとも考えた。でもここで帰ってどうしようか?という気持ちもあった。こんなとき皆どうするんだ?ましてや一人暮らしの私は急に一人になることに不安を感じることが大きかった。

    子供がいる人や結婚している人たちはそれぞれみんな帰って行った。
    私と家が近い先輩は一旦会社に戻ることになった。
    なぜなら、その先輩はサーバー周りの知識がある。彼女には会社のサーバーの安全確認を見る役目もあった。私はその先輩と最寄駅が同じだったので、先輩と共に会社に戻ることにした。とりあえず誰かと一緒にいるほうが安心だったし。

    そして一旦社に戻ると悲惨な情景が待っていた。でも黙々と整理している人もちらほら。元々物が散乱している会社で、働いている人たちもなんというかマイペースな人たちが多いから、会社のために何かしている人をみるのがとてもめずらしく感じた。

    2時間ぐらい社内にいたが、余震が続くのでやはり家に帰ろうということになった。
    このとき電車は前線止まっている状態。もう歩いて帰るか、動くまで待機するか、どこかに泊まるしかない状況。
    幸いにして私は歩いて帰れる距離であるため帰ることにした。調べたら職場から家まで10キロほどだ。歩けない距離じゃない。しかし結局会社を出たのは18時過ぎ。こういうときに限って履きなれないパンプスできてしまったことを悔やむ。しかしそんなこといってても仕方がない。先輩と上司と3人で歩き始めた。(たまたま私の上司も家が同じ方向だった。)

    途中で表参道を通ったときに、ウィンドウ越しにお店を覗くと優雅にコーヒーを飲んでる人がいてびっくりした。この場に及んでそんな余裕があるのも表参道の特色か?と思ったが。そしてオリンピック(小売店)の横を通ったらチャリンコがめちゃくちゃ売れていた。こういうときに儲かる店もある。そして考えることは皆一緒だということ!!

    ただひたすら歩いた。しかし他にも徒歩で帰る人が多い。人通りが多いところはなかなか前に進めないときもあったぐらいの混雑。幸いなことに上司が道に詳しかったので、比較的道に迷わずに進めたのでラッキーだった。

    1時間半ぐらい歩いてだんだん足が痛くなってきた。二人が私のことを気遣ってどこかで休もうと言ってくれた。素直にその気持ちがうれしかった。その言葉に甘えてラーメン屋に入って休憩。入ったラーメン屋は人がたくさん。しかし店には2人の従業員のみ。水を持ってきてくれたおっちゃんが「今日はみんな同じこと考えるみたいでさっきも似たようなお客さんがきましたよ〜」っていってた。きっとこの日がこの店にとって、かきいれ時なんだろう。しかし、めちゃくちゃ忙しそうだった。店を出た後に「ラーメン作ってる側のおじさんが怒り口調だった」と先輩が教えてくれた。

    ラーメンを食べて元気100倍。また歩きだす。こういうときに一緒に歩く仲間がいると、とても心強い。

    1時間30分ぐらい歩くと、ようやく見覚えのある風景にたどり着いた。マイホームタウンに戻ってきた。すごくテンションがあがった!!正直それだけでめちゃくちゃほっとした。なんだかんだいって今住んでるところに愛着があるのかもしれない。結局家に着くまでに3時間30分ぐらいかかった。部屋の中は予想以上に物が散乱していてショックが大きかったが、無事家につけて安心できた。

    余談で、歩いている時に、スリッパで歩いている女性とすれ違った。また一人で道に迷っている女性がいたので、途中まで一緒に歩いたりもした。もうこういう事態なだけに家に帰ることができればなんでもありなのかもしれない。東京という街は電車ありきだ。電車が使えなかったら生活できない。ほとんどの人が帰宅難民になってしまう。

    いままでの人生の中で今回の地震は危機度ナンバー1だと思う。
    今後も余震は1週間ぐらい続くらしい。今このブログを書いている最中にも余震を感じている。正直こわい。

    今願う事
    どうかみんな無事でいてください!!
    そして一番被害にあった東北地方の方々のためにも節電しましょう!!

    今回の地震でこれ以上の災難が出ないことを祈るのみ




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    • 2012.01.21 Saturday
    • 21:12
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      コメント
      いつの間にか1900年以降の地震規模ランキング世界5位から
      4位に上がってしまったね。

      明日からいつまでか未定の輪番停電・・・
      水と食料とトイレと服と ここまで追い込まれるとは。。。

      今まで どれほど不自由なく生きていたのか身に染みる。
      • すけ。
      • 2011/03/14 1:56 AM
      >すけ。

      >今まで どれほど不自由なく生きていたのか身に染みる。
      ほんとにそうだね。
      Play for Japan 願う!!
      • ヤマ
      • 2011/03/14 9:32 PM
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